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辰韓(しんかん)は、紀元前2世紀末から4世紀にかけて、朝鮮半島南部にあった三韓の一つ。帯方郡の南、日本海に接し、後の新羅と重なる場所にあった地域である。その境は、南にある弁韓と接しており、入り組んでいた。 『後漢書』の中の辰韓伝、『三国志』中の「魏書」の辰韓伝によると、秦の始皇帝の労役から逃亡してきた秦の遺民ががおり、馬韓はその東の地を割いて、彼らに与え住まわせ辰韓人と名づけたという。そのため、その地の言葉には秦語(陝西方言。長安に都があった頃の標準語で、この亡民が秦代〜前漢代に渡来したことを物語る)が混じり、秦韓とも書いた。秦人は王にはなれず、王族は馬韓人であった。もともと6国であったが、後に分かれて12国になった。そのうちの斯蘆が後の新羅になった。また、『三国志』中の「魏書」の弁辰伝によると、馬韓人とは言語が異なっていたが、弁韓人とは互いに雑居し、風俗や言語は似通っていたという。 辰韓人は穀物と稲を育て、養蚕を生業としていた。頭は扁平短頭であり、風俗は倭人に似ていたと言われている。
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