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軍臣 単于(ぐんしん ぜんう、? - 紀元前126年)は、前漢期の匈奴の単于(在位:紀元前161年 - 紀元前126年)。
生涯紀元前165年、漢との和議を破り上郡・雲中に侵入したが、景帝が即位した後に再び和議が成立している。 その後武帝の治世となり友好関係が続いたが、紀元前133年に前漢の将軍の王恢の計略によって、馬邑の富豪である聶壹(聶壱)(張遼の遠祖)が貢物を携えて、軍臣単于を騙し討ちにする計画だったが、これは怪しいと察知した軍臣単于が一人の漢将から仔細を聴いて至急引き揚げたという。漢と断交、再び対立の時代を迎えた(後に王恢は逆鱗に触れた武帝に処刑され、聶壱は“張壱”に改名して身を隠したといわれる)。 また、漢が月氏に派遣した使者張騫を抑留した単于としても歴史に名を残している。 子女子
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