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武田長兵衛出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
武田長兵衛(たけだ ちょうべえ)は、武田薬品工業の創業家、武田家の当主が代々、襲名してきた名前である。
初代・2代目大坂は江戸時代に「天下の台所」といわれ、大坂の商人は天下の商人として、信用を重んじ分限を守り、地道の商売で利益をあげ、家業としてその事業を営んできた。その大坂道修町に天明元年(1781年)6月、近江屋(現、武田薬品工業)を創業したのが、近江屋長兵衛で、薬種仲買いとして和漢薬の暖簾を掲げたのに始まる。二代目長兵衛は、薬種仲買のかたわら大名貸しをして財をなした。 3代目三代目長兵衛は、人間道と商道との真実を追求した「仕法書」、「取締書」や「十ヵ年倹約之事」を定めた。四代目長兵衛は幼名を亀蔵といい、弘化元年(1844年)、三代の代判をつとめていた近江屋長三郎の三男として道修町に生まれた。10歳のとき、京都二条の薬種商松屋喜兵衛方へ丁稚奉公にあがった。本家では三代長兵衛が跡継ぎなく病死し、未亡人が店を取り仕切っていた。そこで亀蔵を後継者に選び四代目長兵衛を襲名させた。17歳だったから、慣例により代判が置かれた。 4代目四代目長兵衛の時はちょうど幕末の混乱期で、従来の経営を維持していくことは相当に困難だったが、それにもかかわらず得意先をふやしている。しかし営業上の難しさの上、御用金や上納金の徴収があり、経営ははなはだ苦しくなっていた。明治維新を迎えたのは長兵衛が25歳のときだった。明治以降はしだいに洋薬を取り扱うようになり、和漢薬と洋薬の二本建てからついに洋薬一本に切りかえた。明治4年(1871年)5月の「戸籍法」公布により、近江屋長兵衛は武田姓を名乗ることとなった。そのころには、横浜の近江屋嘉兵衛(友田嘉兵衛)から洋薬を大坂に引き取り、取引高の大きくなる。長兵衛は困難な時期に家業をよく保ち、堅実を旨とし、積極的に洋薬の輸入に着目して、今日の基盤を確立した。 5代目五代目長兵衛は、明治3年四代目の長男として生まれ、幼名は重太郎といった。13歳のころから店員とともに薬品の荷揃えや荷造りなどの仕事にたずさわり、かたわら漢字や英語を学んだ。19歳のとき、横浜・東京へ出張し滞在すること1ヵ月半。外国商館を歴訪し、つぶさに薬種貿易についての見聞をひろめた。その外国商館との交渉経過を「約定帳」に克明に記載している。このように和漢薬種商から洋薬商への発展に早くから努力し、明治28年には大阪市北区の内林製薬所を武田専属工場として経営し、その念願であった医薬品の国産自給への第一歩をふみだした。 明治37年12月、五代目を相続したころは、ちょうど日露戦争の最中で、家業は次第に発展したが、40年には武田薬品試験部を創設して、優秀な医薬品を提供することに努めた。さらに大正3年(1914年)武田研究部と翌4年武田製薬所を創設して、日本薬局の製造や新薬の創製研究に全力をつくし、武田の基礎を築き、大正14年には株式会社武田長兵衛商店を創立して、大きな発展を続けた。そして昭和18年、武田薬品工業と改称している。長兵衛を長男に譲ると、和敬という隠居名に代え、和敬翁と呼ばれた。昭和34年8月4日、90歳で逝去した。 五代目はその家業を大いに発展させた人である。必要な事業研究には巨費を惜しまず、また文化的事業にも浄財を分かち、多くの事績をのこした。 明治から大正にかけて、東京日本橋の薬種問屋のいわば御三家といわれたのは、小西新兵衛商店(現武田薬品工業東京支店)鳥居徳兵衛商店(鳥居薬品株式会社)田辺元三郎商店(東京田辺製薬)であった。この御三家と大阪の武田長兵衛商店・塩野義三郎商店・田辺五兵衛商店とが、輸入洋薬の相場を支配していた。 6代目六代目長兵衛(1905年4月29日-1980年9月1日)は、五代目の長男である。幼名は、鋭太郎。1943年(昭和18年)に武田長兵衛商店が武田薬品工業に改称するのとともに社長に就任し、六代目長兵衛を襲名した。在任中は経営の多角化・近代化を推進し、1954年(昭和29年)発売のビタミンB1主薬製剤「アリナミン」などでの成功によって武田薬品工業を業界トップに押し上げた。1974年(昭和49年)、創業以来初めて武田家以外の者(小西新兵衛)に社長職を譲り、自身は会長に就任した。 7代目六代目の長男の彰郎(当時副社長)が社長就任とともに七代目を襲名する予定であったが、就任予定の前年の1980年(昭和55年)2月に急逝した(六代目長兵衛も同年に亡くなっている)。当時の社長の小西新兵衛は六代目の三男の國男を後継者として指名した。1993年に國男は社長に就任したが、長兵衛の名は襲名していない。 関連項目外部リンク出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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