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国民銀行(こくみんぎんこう)は、かつて日本に存在した第二地方銀行。本店は東京千代田区に置いていた。通称「こくぎん」。
概要1953年6月、中小企業金融の拡充のため国民相互銀行を設立。設立当初より無尽ではなく相互銀行であった。1954年5月21日に東急グループに入り、1974年には国際興業グループになった。 1989年第二地銀に転換して国民銀行に改称した。東急との関係から城南地区、国際興業との関係から城北地区や甲府市[1]・埼玉県鳩ヶ谷市に店舗を展開させた。東京証券取引所に上場する予定だった。 経営破綻1998年時点で経営陣の500億円に上る不正融資と不良債権の飛ばしによって712億円の債務超過となっていたが、、1999年4月9日からの取り付け騒ぎによる預金流出により、同年4月11日に金融再生委員会(金融庁へ統合)で「金融再生法に基づく管理を命ずる処分」となり、経営破綻した。金融整理管財人に預金保険機構が選定された初のケースとなった。 2000年8月に八千代銀行へ営業譲渡されたが、同行の営業網と重複する店舗(常盤台など)は非譲渡となった。旧本店営業部は神田支店として営業を続けている。これによって八千代銀行は預金保険機構より1835億円の贈与と共に、350億円の公的資金注入(同行初)となった。 カミパレス案件破綻の要因として、カラオケボックス運営会社「カミパレス(ドレミファクラブ)」に対して90億円を上回る不正融資が挙げられている。同社は1980年代に石川さゆりの個人事務所が立ち上げた事業であったが、後に実業家の種子田益夫が関与することになる。もともと収益の見通しがつかない状況下で、1997年から充分な担保を設定せず、銀行頭取の承認と石川の連帯保証を得て迂回融資を行い、銀行へ損失を与えたのである。 カミパレスは1999年10月に破産宣告。同年11月頃より石川の第50回NHK紅白歌合戦出場についてワイドショーなどで挙って取り上げられたが、出場となり「天城越え」を歌唱した。 この案件で、銀行旧経営陣と種子田益夫・石川さゆり(連帯保証による)らは、不良債権を承継した整理回収機構より損害賠償訴訟を提起され、2002年に東京地裁で経営陣に対しては総額20億円、2003年に種子田に約52億円、石川に2億2千万円の支払を命じられた。石川については整理回収機構が不当として控訴を行うと共に、1992年に新築した豪邸を一時期差し押さえられたが、約10億円の賠償で決着された。 破綻時の頭取は特別背任罪に問われ、2002年の1審の東京地裁で懲役2年6ヶ月の実刑判決となったが、2004年の2審の東京高裁で、懲役3年・執行猶予5年の有罪判決(実質的に減刑)が確定した。 補足
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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