この項目では、三菱自動車工業が1994年-2000年に生産していたFTOについて記述しています。1970年代に生産していたFTOについては「
三菱・ギャランクーペFTO」をご覧ください。
FTO(エフティーオー)は、三菱自動車工業が製造していたスポーツクーペ(自動車)である。
概要
三菱のホットモデルだったギャランクーペFTOの名前を継承したモデルがFTOである。当初は日本国内専用車だったが、2000年代以降は日本からも並行輸出され、一部海外でも走っている。駆動方式はFFのみで、モーターショーでAWD仕様が参考出品されたが、販売には至らなかった。直線的基調が多い三菱車の中では、珍しく曲線で構成されたデザインである。重いV6エンジンを搭載するために足回り関係は比較的硬めの設定がなされている。
歴史
- 1994年10月 発売。排気量2.0LのV6エンジンと1.8Lの直4エンジンを搭載。V6エンジンは170ps(マイナーチェンジ時に180ps)仕様とMIVECを採用した200ps仕様がラインアップされていた。またAT車には日本で初めてマニュアルモード(三菱ではスポーツモードと呼称)を搭載するINVECS-IIを採用した(当初は4段、マイナーチェンジ後は5段変速)。この年、日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。その記念モデルとして、ダンデライオンイエローのボディカラーを設定したFTOが500台限定で発売された。
- 他社同クラスの車種(日産・シルビア、トヨタ・セリカ、ホンダ・インテグラ等)ではMT車の販売比率が高かったが、FTOは広告などでAT車を中心とした販売戦略を採っており、同クラスの車種には設定のない5段スポーツモード付きATを採用していたことなどから、当時のスペシャルティカーとしてはAT車の比率が高かった。
- FF車ながら旋回性能が高く、また、当時の国産車の中でも比較的高いボディ剛性を確保している。元レーサーで評論家の桂伸一は「ドリフト競技でFF車部門があれば一番」とコメントしている。これらの理由からホンダから1995年にインテグラタイプRが発売されるまでは、国産FF車で最速との呼び声も高かった。
- 2000年7月 新しく採用される側面衝突安全基準に適合させると採算が取れないとして、GTOと共に生産終了となった。
- 生産工場は三菱自動車工業水島製作所。
- 総販売台数 3万8,028台
- 1994年 - 7,035台
- 1995年 - 2万773台
- 1996年 - 5,536台
- 1997年 - 2,433台
- 1998年 - 1,286台
- 1999年 - 680台
- 2000年 - 285台
FTO EV
三菱自動車は早い段階から電気自動車の開発に着手しており、その一環としてFTOをベースにした電気自動車FTO-EVが1998年に製作された。この車はリチウムイオン二次電池によって最高出力70kWのモーターを駆動する。1回の充電で走れる距離は市街地であれば150km前後、最高速度は186km/hである[1]。KAZが製作されるまで、ナンバープレートが付いて公道を走れる電気自動車としては最速であった。なお、FTO-EVの開発によって得られたデータは、後のMiEVシリーズに引き継がれた。
モータースポーツ
1998年-1999年に全日本GT選手権(JGTC、現・SUPER GT)のGT300クラスにチーム・テイボン・ラリーアートより参戦、エンジンは4G63に換装していた。1998年度は中谷明彦と原貴彦のコンビで年間総合5位、1999年度は中谷明彦とラルフ・ファーマンのコンビで年間総合6位。
この他にもジムカーナやダートトライアル等の競技等で使用されることが多い。また、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムのオープンクラス部門にエントリーしたFTOは、助手席にエンジンを置き、後ろに伸びたドライブシャフトでリアを駆動し、そこから再びディファレンシャルを介して前に折り返す形で伸ばされたドライブシャフトによってフロントを駆動するという、変則的4WDを採用した例がある。
車名の由来
Fresh Touring Origination の略。新鮮な若々しいツーリングカーを創造するという意味。(初代FTOとは意味合いが異なる)
関連項目
外部リンク